日記・雑記

1年間ブログを運営して学んだ「たった一つ」のこと

投稿日:2019年2月7日 更新日:

自分を良くしたいと思っている人なんて、世の中にどれくらいいるのだろう?

僕はこれまでこの世界には「自分を良くしたい」と思っている人が沢山いると思っていた。

 

でも現実は違った。「自分を良くしたい」と思っている人間なんて、数えるほどしかいない。

 

これまで約1年間、「心理学と医学で日々を進化させる」という名目でブログを運営してきた僕には分かる。

「うつとどのように向き合うのか?」という電子書籍を出版した自分には分かってしまう。

 

世の中の人は、今の現状に”もの凄く”満足しているということが。

 

今の自分を成長させたいとか、そんなことを考えているわけではない。

 

もっとメンタルが強くなりたい、

もっと成長した自分になって、他人を助けたい、

もっと健康的になって、自分と愛する人に笑顔を与えたい、

自分の中から悪い感情を消して、幸せになりたい、

他人の成功を心から祝福できる人間になりたい、

目の前の人を心から愛せる自分になりたい、

目の前の人と素晴らしい世界を作り出せるような自分になりたい、

夜更かしをしてしまう自分を何とか改善したい、

太っている自分を改善したい、

家族の期待に応えて、家族に笑顔を与えたい、

自分が知らない世界を見て、新しい自分に出会いたい、

もっとお金持ちになって、他人を助けたい、

社会に認められるような存在になって、世の中の人に価値を届けたい、

一人でも多くの人の人生を良くしたい、

 

こんなことはこれっぽっちも考えていない。

僕はこの点を根本的に勘違いしていた。

 

世の中の人の大半は、「どうすれば自分自身に向き合わずに、現実に疑問を持たずに生きていけるか」ということしか考えていない。

 

今の状況に疑問を持ったりしない。

ただ、今の生活で、「少しでも楽しく、少しでも楽に」を求めているだけだ。

自分の楽しみを求めているだけだ。

 

他人を助けることなんて、これっぽちも考えていない。

 

本当に幸せではない自分自身を、どうすれば慰めることができるかを考えているだけ。

本当は不幸な自分自身を、どうすれば見ることなく生きていけるかを考えているだけ。

 

だからこそ幸せな他人をうらやんで、自分が幸せでない理由を、才能や環境のせいにしてしまう。

自分自身に向き合うことが辛いから、自分自身から逃避しているだけ。

 

自分自身に目を向けることをせずに、代わりに別のものに目を向ける。

スマホの画面に、パソコンの画面に、小説の世界に、テレビの番組に、目を向ける。

 

醜い自分は見たくない。

本当は不幸な自分は見たくない。

子供しか生きる意味がない自分を見たくない。

社会に出て必死に働いているうちに、「本当にしたいこと」を見失ってしまった自分を見たくない。

家族のことを大切にしないで、自分自身を大切にしないで生きてきたことを認めたくない。

「本当にしたいこと」さえ分からない自分を認めたくない。

「他人からやれと言われたことしかできない」自分を認めたくない。

「親と上司に言われたことしかできない」自分を認識したくない。

「学校の課題しかできない」自分を認めたくない。

 

そう、ダメな自分を認めることが怖いんだ。

 

自分自身を見つめなおす作業を怠ってしまったツケは、

その後の人生に重く、取り返しがつかないレベルで響いてくる。

 

今の自分から目を逸らして、楽なものに目を見ける。

自分から目を逸らして、楽しいものに目を向ける。

自分に疑問を持ちたくないから、自分を全面的に肯定してくれる人にしか興味を持てない。

自分から目を逸らして、自分を認めてくれる集団に依存する。

 

不健康な生活をしている自分が、将来病気になることを想像するのは怖いから、不健康な生活を続ける

外に出ることが怖いから、家に引きこもる。

コミュニケーションが下手な自分を認めたくないから、他人と話すことを避ける。

 

自分自身を見つめることは怖いことなんだ。

自分を変えることは怖いことなんだ。

 

だからこそ、多くの人は他人にこう願う。

「どうかこのままこの人が変わらないで、ずっと幸せでいますように。」

 

けど僕は、目の前の人にこう願う。

「どうか目の前の人が新しい自分を見つけて、もっと、もっと幸せになりますように。」

「好きなことをして、素晴らしい幸運が雪崩のごとく押し寄せますように。」

 

自分とは何か?

自分は何をしたいのか?

自分は人生で何を達成したいのか?

 

こんな疑問を抱く人は一体どれだけいるのだろう?

こんな疑問を抱いたとしても、目を逸らしてしまう人は、一体どれだけ多いのだろう?

 

そして将来、このような疑問にちゃんと答えなかったことを、一体どれだけ後悔するのだろう?

 

コミュニケーションには2種類ある。

1つは自分自身との会話。

もう一つは他人との会話だ。

 

自分自身の考えは、言葉になって表れる。

自分が使う言葉は、自分の行動に影響を与える。

 

どうして自分自身との会話が上手くできないままに、他人とうまく会話できると思うのだろうか?

 

自分自身を理解しなければ、他人を理解できない。

自分自身を愛さなければ、他人を愛せない。

自分自身を幸せにすることができなければ、他人を幸せにできない。

自分自身に期待しなければ、他人から期待されることはない。

自分に正直でなければ、他人に誠実になれない。

 

人生に期待しなければ、人生から期待されることはない。

自分が変われることを認めなければ、自分は変われない。

 

そう、この世の中には「作用・反作用」が働いているんだ。

 

自分が当然のごとく幸せになることをイメージできなければ、幸せになれない。

自分が愛を与えなければ、愛を与えられることはない。

慈愛を与えなければ、他人から愛されることはない。

お金の流れを作らなければ、お金は流れてこない。

 

自分がイメージしたことが現実になる。

人はいつからでも、なりたい自分になることができる。

 

踏み出す時期に、遅いなんてことはない。

 

そして、世の中の人は単に「時期が来ていない」だけ。

 

この”気づき”が得られる時期は人それぞれだ。

 

人はみんな、そのままで完璧だ。

人はみんな、幸せになるために生まれてきている。

人はみんな、社会的、経済的、精神的、愛的に成功できる。

 

人生の成功は、「成功するにふさわしい自分自身」になったときに訪れる。

成功する自分になれた時に、成功は訪れる。

自分の心を成長させた時に、成功は訪れる。

世の中の出来事が、全て偶然ではなく、必然だと思えたときに成功はやってくる。

 

自分を見つめることは怖い作業だ。

他人に愛を与えることは怖い。

一歩踏み出すことは怖い。

 

けど、そんな恐怖から逃げていると、後からその恐怖は膨れ上がってやってくる。

 

さあ、目を開ける時が来た。

見たくない自分を認め、自分を愛する時が来た。

自分を許し、自分を成長させる時が来た。

自分を救い、他人を救う時が来た。

 

この1年間僕がブログを運営して学んだことは、

「世の中には自分を変えたいと思っている人なんていいない」ということだった。

 

けど、それでいいんだ。

人は生きているだけで、完璧なんだから。

人は生きているだけで、素晴らしいものだから。

 

いつかやってくる。

ふさわしい”気づき”を得られる時がやってくる。

 

どんな関係も、どんな出来事も、全て自分が引き寄せている。

自分の考えが引き寄せている。

 

人は見たいものしか見ないし、いつも考えていることしか認められない。

だからこそ、自分の魂の成長こそが、人生の全てなんだ。

 

ちゃんと自分を見よう。

ちゃんと現実を見よう。

ちゃんと目の前の人を見よう。

ちゃんと自分を愛そう。

 

それが世界を変える力になるから。

きっと世の中は、もっと良くなるから。

 

人が愛を振りまけば、他人を楽しませることができれば、世界はもっと良くなる。

そして僕はそれを信じている。

 

もう一度言うけど、人は皆幸せになるために生まれてきている。

そして、人はその姿のままで完璧なんだ。

ただ、幸せの形が違うだけなんだ。

 

そして、人が成長させることができるのは、心や魂だけなんだ。

心や魂が成長した時、もっと違う場所に行けるようになる。

あなたにぴったりの、幸せが見つかる。

あなたにふさわしい、幸せがやってくる。

 

どうかあなたに、とてつもない幸せがやってきますように。

 

本名真言 2019/02/07

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