読んだ本紹介

死の意識を持つと人生が輝く~ベロニカは死ぬことにした~

2019年5月25日

死の意識。

それは「いつ死んでもおかしくない」という死に対する意識です。

そして、毎日のささやかな出来事に対する感謝を引き出してくれる意識でもあります。

 

この死の意識を持っているかどうかが、その人の人生の充実度を決めることになるのです。

例えば、スティーブ・ジョブズは毎朝鏡の前に座って、次のような質問を自分にしていたそうです。

If today were the last day of my life, would I want to do what I'm about to do today?

もし今日が人生最後の日なら、今日やろうとしていることは本当に自分のやりたいことなのだろうか?

 

多くの人にとって、死の意識を持つことはかなり難しいことです。

でも、自殺を試みた人や、思い病気にかかった人は、死の意識を持ちやすいと言われていています。

 

今回紹介する本は「ベロニカは死ぬことにした」。

この本では何事にも不自由しない少女が、睡眠薬を飲んで自殺を試み、死の意識を持つところから物語が始まります。

 

死の意識を持った少女の人生が、どのような奇蹟で満ちていくのか。

死の意識が人生をどうやって素晴らしいものに変えるのか?

 

死の意識がもつ力に少しでも興味がある人は、ぜひこの本を手に取って下さい。

 

この記事の結論

死の意識によってもたらされる「人と違ってもよい」という勇気が、人生を面白くする。

 

本の要旨

この世で起きることに偶然はない

 

今まで生きてきて、ベロニカは、彼女の知っている多くの人が、他人の人生の巨富について心配しそうにしながら話しながらも、本当は、他人の苦しみを楽しんでいることに気が付いていた。自分たちは幸せで、自分の人生は素晴らしいものだと思えかるらだ。

 

彼女は自分の多くの欲求を、両親から子供のころのように愛し続けてもらうために捨ててきた。本物の愛は、時間とともに変わり、成長し、新しい表現方法を見つけては発見していくことだと知っていたのにも関わらず。

 

人生でしたいことをほとんどやり遂げたとき、彼女は、自分の存在にはもう意味がないという結論に達した。毎日が同じだからという理由で。そして彼女は死ぬことにした。

 

うつ病ですな。時々、これは本当につまらないことで引き起こされたりするんです。例えば、セロトニンという化学物質が、体内に足りなかったりするときに。」

 

人は狂うという贅沢を、そうできる時にだけ許す、のである。

 

人は幸せだけでは満足できないんです。

 

ある重い異常な症状を除けば、人は日常の繰り返しから逃げるために、おかしくなってしまうのです。

 

でも現実って何なの?
大多数の人が思いたいものさ。別に最高のものでも、論理的に最適なものでもなく、社会全体の欲望に適合するようになったもの。

 

外の脅威が侵入できないような世界を建築するために、ある人達は、外界や新しい人が違う体験に対して、異様に高い防護壁を作り、自分の内的世界を裸に残してしまう。そこで憂鬱が、その取り返しのつなかい仕事にかかる。

 

憂鬱の主なターゲットは意志だ。この毒に攻撃された人は全ての欲求を失い、数年のうちに、自分の世界から出られなくなり、自分の思い通りの現実を作るために、高い壁を積み上げることに多くのエネルギーを費やすようになる。外部からの攻撃を避けるために、彼らはそれで内的な成長を止めてしまうことになる。

 

憂鬱による中毒の一番大きな問題は、嫌悪、愛、絶望、好奇心といった情熱が、己主張しなくなることだ。しばらくすると、憂鬱になった人は欲望を全く感じなくなる。彼らは生きる意志にも死ぬ意志にもかけていて、それが問題だった。

だから、憂鬱に支配された人たちは、生にも死にも恐怖を感じないという理由から、狂人や英雄を長年の興味の対象としてきた。

 

「もっと狂っとけばよかったわ」でも、他の多くの人と同じように、彼女はそれに気づくのが遅すぎた。

 

人生の無意味さが、自分の責任以外の何ものでもないことを受け入れ始めたところなの。もう一度リブリューナの中央広場が見たくて、憎悪も、愛も、絶望も、退屈も、人生を成すそんな簡単でとるに足らないながらも自分に喜びを与えてくれるものを、感じてみたかったの。もしいつか、ここから出られたら、本当に狂うことにするわ。実際、誰もが狂っていて、一番狂っている類の人たちこそ自分が狂っていることに気づいていなくて、他人に言われたことを何度も繰り返すような人たちのことなのよ。

 

”スピリチュアルな道のりで最も難しい試練をパスしました。正しい瞬間を待つ忍耐力と、遭遇したものに落胆しないこと。わたしはあなたたちに教えることにします。”

 

「何も学んでないの?死が近づいてもまだ?隣の人の邪魔になるとか考えるのはやめなさい。もし気に入らなければ、彼らは文句を言えるんだもの。それでもし文句を言う勇気がなければ、それはその人たちの問題よ。」

 

二日しか生きられなくても、どこまでいけるのかも知らないうちは、この人生を終えない方がいいと思うけど。

 

あなたたちには2つの選択肢があります。意識をコントロールするか、意識にコントロールされるかです。あなたはすでに後者の体験には親しんでいますね。恐怖、神経症、不安に流されるままにして。我々にはみんな、自己破壊の傾向がありますから。

 

コントロールを失うことと、狂気を混同しないように。

狂ったままでいながら、普通の人のようにふるまうのです。人とは違う存在であることの危険を冒しながら、注意を惹かずにそうすることを覚えなさい。この花に集中して、本当の”わたし”を出してあげなさい。

 

ほんとうの”わたし”って何ですか?
ーあなたがどんな人なのか、人が考えているようなことではなく、まず自分が何者か、ということです。

自分がすぐに死ぬことは知っていたけれど、どうして怖がる必要があるのか?恐れは何の助けにもならない。致命的な心臓発作も防げはしない。一番大切なのは、自分に残された日々や時間を楽しむことだ。今までやったことがないようなことをして。

 

どうして今まで自分の中に深く入っていて、自分の信仰や信心の何が残っているのかを見極めようとしなかったのだろう?

 

「私たちは全ての感情を恐怖と交換してしまったのよ」

 

彼女はまたピアノに意識を戻した。人生の残り数日にして、彼女はようやく自分の大きな夢に気が付いた。心から、思う存分、魂を込めて、気の向くときにいつでもピアノを弾くこと。彼女のたった一人の観客が多重人格者だなんてことはどうでもよかった。彼は音楽を理解しているようだったし、大事なのはそれだけだった。

 

「私はもう一度自分を好きになれるようになりたいの。自分で決断できるようになりたいの。自分が選んだわけではない決断を強いられたくないの。

 

「私の目を見て、私の言うことを絶対に忘れないで。禁じられていることは2つしかないの。一つは人の方で、もう一つは神のものよ。まず、何があっても、人に性的な関係を強要しないこと。レイプとみなされてしまうから。そして絶対に子供と性的関係を結ばないこと。それは一番ひどい罪になるからよ。それ以外ならすべて自由よ。あなたが欲しがっているものと全く同じものを求めている人は絶対にいるから。

 

やらなければならないことが沢山あるの。人生が永遠に続くと思っていたころに、将来のある時まで先延ばしにしてきたことを。人生は生きる価値がないと信じ始めたときから、興味を失ってしまったことを。

 

すべてがおかしいのさ。誰もが夢を見るけれど、実際に夢を実現できるのはほんの一握りだ。それで人は憶病になるんだ。
ーその一握りが正しくても?
正しい人は、それがただ一番強い人ってだけなんだ。この場合、矛盾してるが、憶病な人ほど勇ましくなって、彼らはほかの人たちみんなにその考えを押し付けてしまおうとするのさ。

 

神とは何か?もし、世界を救う必要があるのなら、救済とは何か?何の意味もない。もしそこにいる人々が、ヴィレットの外にいる人も含めて、ただ自分の人生を生きて、他の人にもそれを許したなら、神は全ての瞬間にも、マスタードの一粒にも、生きては消えゆく雲のどの部分にも、存在することになる。神はそこにいるのに、それでも人は探し続けなければならないと信じていた。人生はただ信じることだということを受け入れるのでは、あまりに簡単すぎるから。

 

基本的に、私たちの人生で起きているすべてのことが自分たちのせいで、誰のものでもないの。たくさんの人が同じ困難を経験していて、みんな違う反応をするの。私たちは簡単な逃げ道を選んでしまったの。違う現実、をね。

 

「また生きたいって思い始めてるのよ、エドワード。勇気がなくって冒せなかった過ちを、犯してみたいのよ、またやってくるかもしれないパニックに立ち向かいながら。その存在は単に私を落ち込ませるだけで、そのために、死んだり、失神しないのは分かっているから。新しい友達を作って、賢く生きるために、どう狂えばいいのかだって教えてあげられる。きちんとした行動のマニュアルに従うのではなく、自分の人生、欲望、冒険を発見して、”生きろ”って教えてあげるの。

 

彼らの著作はたったの一言で表現できるわ。生きること、よ。もし生きていれば、神はあなたと共に生きるわ。もし神の危機を冒すことを拒絶すれば、神はあの遠い天界へ引きこもり、単なる哲学的な思索の対象にしかならなくなるわ。誰でもそんなことは分かっているのに、最初の一歩を踏み出せないの。精神異常者って呼ばれるのが怖いからかもしれないけど。少なくとも、私たちは怖くないわ。エドワード。私たちはすでにヴィレットの患者なんだから。

 

私たちはみんな、自分の世界に生きているの。でも、満天の星空を見上げれば、星座や太陽系、銀河系を形成する、違う世界が沢山あるのが見えるでしょ。」

 

「もしこれ以上ここにいたら、二度とここから出られないわ。うつ病は治っているけれど、ヴィレットでは、他の狂気もあることを学んだの。それを自分の中に抱えてみて、自分の目で人生を見始めたの。」

 

「私は少しくらいバカなこともしちゃうつもりよ。人が、彼女はヴィレットから退院してきたのよ、とか噂できるように。でも、私の魂は一つだって分かっているわ。自分の人生には意味があるから。夕焼けを見ても、その向こうに神がいるって信じてる。誰かが私をいらだたせたら、その人たちをどう思っているか教えてあげるわ。その人たちにどう思われようと気にならない。誰もが、彼女はヴィレットから退院してきたばかりだっていうだろうから…」

 

「治っているわけがないさ。最初からそれは君の病気ではなかったのだから。」

ー「それでは、君の病気の話をしようではないか。人は各々個性的で、それぞれの才能、本能、楽しみ方、そして冒険への欲求を持っている。でも人は、なぜそんな行動をとらなければならないのかなんて考えもしないんだ。タイピストが、QWERTY式キーボードが唯一無二だと受け入れたように、人はただ受け入れるだけなんだ。時計の針がどうしてある方向ではなく、反対方向へ動かないのかを聞いてきた人たちに、今まであったことがあるかい?」

 

「私はもう治ったの?」
ー「いいや、君は人と違うのに、同じようになりたいんだ。それは私から見ればとても深刻な病気だけどね。」
ー「変わろうとすることが深刻な病気なの?」
ー「もし無理して自分を人と同じようにしようとするならね。それが神経症、精神病、パラノイアを引き起こすんだ。」

 

人が自分の本質に逆らうのは、人と違ってもいいという勇気にかけているからで、そうしたら、憂鬱を生み出すんだ。

 

「私の魂は過去にいたの。でも今はここにいるわ。もう一度自分の体の中で、興奮に震えているのを感じるの。でもどうしたらいいのかわからないの。人生が、私を行きたくない方向へ押していったことを理解するまでに3年もかかってしまったことしか。」

 

その本は、その考えで世界を震撼させた、神秘家たちについて書かれたものであった。地上の楽園について独自のビジョンをもち、人々に一生をかけて自分の考えを伝えようとした人たちだ。

 

彼らは、なんとなく人生が過ぎていくことを許さず、自分の望むものを手に入れるためになら、施しも請えば、王様さえそそのかし、外交や権力を使い、法を無視し、時の権力からにらまれたりしながらも、決してあきらめることなく、降りかかるどんな困難の中にも美点を見出せるような人たちだった。

 

愛には二つの顔があることになるわね。

愛されていることを恥ずかしいと思わないで。

 

少ししたら、彼は必要なメモを書き、唯一のヴィトリオルへの治療法を解説するだろう。生への意識だ。そして、患者への最初の大きなテストに用いた薬を説明した。死への意識だ。

 

彼女は毎日を奇跡だと思うだろう。私たちはかない存在の毎秒毎秒に起こりえる、たくさんの予期せぬことを考えれば、実際にそうなのだろう。

 

病であって病でない平和な病気を。平和で富める社会には、必ずそんな症状が現れる。今の日本を見ればわかる。人は退屈を免れるために普通のことを複雑にする。普通さを複雑にすることでしか差別化を図れない。そこでパウロは、狂気とは何かを知るために、まず普通とは何かを問い直した。そして彼は”普通の人”の、普通さに合わせようとするときの微妙なずれや矛盾の積み重なりが、狂気へとつながるという結果を導き出した。

 

感想

この本は、このブログの趣旨である「へんなままでいい。そのままでいい。」という考えの根幹をなすものです。

どうかできるだけ多くの人々が、この本の素晴らしさに触れてくれることを願います。

 

そして、あなたが、あなた自身の「へん」に従う勇気を持つことを、心から祈っています。

>>「へん」を極める人生をあなたへ。伝達人しゅゆのプロフィール【随時更新】

 

参考

>>ベロニカは死ぬことにした

 

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